「睡眠負債」とは?
睡眠負債とは、持続的・慢性的に睡眠の質・量が不十分になる状態のことです。睡眠不足が長期化して身体と心の負担になっている状態のことを示します。
「最近寝不足が続いちゃう…」「昨日徹夜しちゃったよ」と、誰しもこのような会話を家族や友人としたことがあるでしょう。ですが、睡眠が足りていないことを「たかが寝不足」と甘く考えるのは大変危険です。
睡眠負債は、専門家の間で「眠りの借金」と呼ばれています。睡眠負債の状態が続けば続くほど心身ともにボロボロになっていくので、現在寝不足でお悩みなら、ぜひ早期解決を目指してみてください。
日本人は眠らなすぎ?
睡眠不足がもたらす心身への影響が明らかになっているにもかかわらず、私たち日本人の睡眠時間は減少の一途を辿っています。
2020年に行われたNHKの調査「国民生活時間調査2020」によると、日本人の平均睡眠時間は7時間12分という結果でした。
出典:NHK「国民生活時間調査2020」
「思っているよりもしっかり寝ているじゃないか」と思われた方もいるでしょう。しかしこの結果は、平日と休日の区別をしない睡眠時間の平均です。つまり、仕事をしている平日の睡眠時間はもっと短く、週末に寝だめをすることで何とか帳尻を合わせているのが実態です。背景として、次のような要因があげられます。
- ・働く時間が長すぎる
- ・24時間営業をする店舗の増加
- ・サービス提供のためのシフト勤務や交代勤務の増加
- ・インターネットの普及による生活の夜型化
眠らないことによる弊害は、さまざまな観点から指摘されています。しかし、多くの人は睡眠を「単なる休息」と捉えているため、その大切さが見逃されがちです。
睡眠不足と睡眠負債の原因と日常生活への影響
2019年9月3日に、日本睡眠科学研究所監修のもと調査された結果をまとめた「2022睡眠白書」が発表されました。当資料の中で「不眠症の疑いあり」と答えた割合が全体の50%に達して、前年よりも0.8%増えていると分かっています。
また、睡眠不足や睡眠負債を抱えている人の多くが、日常生活にも影響が起きている状況です。なぜ睡眠不足・睡眠負債が問題になるのか知るために、それぞれの影響を詳しく見ていきましょう。
睡眠不足の日常生活への影響
短期的な睡眠不足・睡眠障害は、次のような症状を引き起こします。
- ・倦怠感
- ・ストレスの増加
- ・イライラや怒りっぽい
- ・頭痛
- ・集中力、注意力の欠如
- ・血圧上昇
- ・吐き気
- ・めまい
- ・日中のパフォーマンス低下
睡眠リズムが崩れると、睡眠ホルモンであるメラトニンが減少し、寝つきが悪くなってしまいます。体温調節やホルモン分泌がうまくいかないため、次第に疲労回復ができなくなり、倦怠感を覚えるようになるでしょう。
また、通常であれば睡眠によって解消されるストレスが蓄積されることにより、イライラや不安を感じやすくなります。加えて、睡眠不足は脳の酸欠状態を引き起こすので、頭部筋肉の過剰な緊張や血管の収縮によって頭痛・めまいが日常化する恐れがあるでしょう。
睡眠負債の日常生活への影響
長期的な睡眠負債は、次のような症状を引き起こします。
- ・自律神経の乱れ
- ・睡眠障害の発症(いびき、睡眠時無呼吸症候群など)
- ・高血圧
- ・不整脈
- ・生活習慣病
- ・肥満
- ・代謝異常
まず、睡眠の質が悪い状態を長期的に続けると、自律神経のバランスが崩れて睡眠障害を引き起こします。その結果、交感神経が乱れてしまい、高血圧・不整脈が出現する場合もあるでしょう。
また、睡眠の質が悪い状態が数カ月続くと、ホルモンバランスが乱れて、肥満・糖尿病・脂質異常などの生活習慣病に発展します。人間は、眠っているときに成長ホルモンが分泌されるのですが、睡眠不足により成長ホルモンが減り、ストレスホルモンである副腎皮質ホルモンが多く分泌されるようになるので注意してください。
もうひとつ覚えておきたいのが、睡眠負債によって精神的なダメージを受けてしまうことです。例えば、嫌な記憶を忘れられなくなる、ネガティブな感情に過剰反応してしまうなど、うつ病を発症しやすい環境を整えてしまうのが睡眠負債の影響となります。ゆっくりと心と身体を蝕んでいくため、決して安易に捉えてはいけません。
睡眠負債を数年続けると
睡眠負債を抱えたままの状態を数年続けると、セロトニンやカテコラミンなど、生命維持に必要な物質が不足・枯渇し、抑うつ状態を引き起こしやすくなります。睡眠負債の状態が10年以上続くと、脳内の老廃物といわれるアミロイドβなどの物質が除去されにくくなり沈着してしまうかもしれません。ついには、アルツハイマー病など認知機能の低下につながる場合もあるので注意が必要です。
同じく睡眠負債の長期化は、いびきや睡眠時無呼吸症候群を発症させる原因になる場合があります。詳しくは以下のコラムで解説しているので、ぜひチェックしてみてください。
心と体を整える寝不足解消法
睡眠負債は、短期間で解消する問題ではありません。長期的に継続して解消を目指すことが大切ですので、こちらで紹介する4つの解消法を試してみてください。
質の良い睡眠のカギは「ルーティン」と「モノトナス」
寝る前はできるだけ何も考えずただ寝ることだけに頭を使うことが、質の高い睡眠への近道となります。中でも重要なのが、「ルーティン」と「モノトナス」です。
ルーティンとは、睡眠において「いつものパターン」や「マイルール」を設定することです。毎日同じ時間に眠る、ベッドに入ったらスマホを触らないという状態を継続することにより、毎日同じ時間に眠気を感じるようになります。
モノトナスとは、何も特別なことをせず、なるべく「いつも通り」にすることによって脳に退屈をもたらし、スムーズな眠りに近づくことです。授業を受けているときや、難しい本を読んでいるときのように、つい眠くなってしまう環境を寝室に整えることで、入眠のスイッチを得やすくなるでしょう。
普段の睡眠時間を記録する
毎日、何時に起きて何時に寝るかを計測・記録してみましょう。典型的な睡眠パターンを把握できれば、睡眠の改善の目安が分かります。
記録が集まってきたら、集めたデータを元に、生活リズムを整えていきましょう。少しずつ睡眠時間を安定化して負債を返済していけば、自然と寝不足の状況から脱出できます。
眠りやすい環境をつくりだす
睡眠不足や睡眠負債を解消したいなら、眠りやすい環境を整えることが重要です。例えば、日常生活の中に次の考え方・行動を取り入れてみてください。
- ・睡眠前に暖かい飲み物で眠気を促進させる
- ぬるめの湯船につかる
- ・睡眠の3時間前には食事を済ませる
逆に冷たい飲み物、寝る前の食事などは眠気を遠ざける要因となります。どのように眠気がやってくるのか理解し、ルーティン化してみてはいかがでしょうか。
日常に運動を取り入れる
寝不足を解消したいなら、日常的な運動を心がけてください。運動には、筋肉をつくる効果だけでなく、身体を疲れさせて眠りやすい環境を整えてくれる効果があります。また、自律神経の乱れを整え、ストレスといった問題を解決しやすくなるのが特徴です。
身体的・精神的に入眠しやすい環境を整えることができるので、毎日の生活に運動を取り入れてみましょう。
眠りの質を高める方法|おすすめの睡眠ルーティン5選
心と体を整えるおすすめの睡眠ルーティン5選を下記にまとめました。どれを心地よいと感じるかは人それぞれですので、自分が実行しやすいと思ったものを取り入れてみてください。
- ・眠りの定時を設定する
- ・環境音BGMを取り入れる
- ・アロマの香りでリラックスする
- ・暖色系の照明を選ぶ
- ・寝具は通気性の良いもの選ぶ
心地よい眠りのためには、寝室の環境づくりが重要です。好きな香りのアロマ、聞いているとうとうとする音楽など、自身が心地よいと感じるものを取り入れてみてください。
休日の寝だめは効果がある?
十分な睡眠が大切だと説明しましたが、仕事や勉強で毎日ハードな生活を送らなければならない現代で、毎日申し分ない睡眠を取れている人は少ないはずです。おそらく多くの人が、睡眠負債が溜まりがちになっているでしょう。
では、そんな溜まりに溜まった睡眠負債を解消する方法として、寝だめは効果があるのでしょうか。
寝だめでは睡眠負債を解消できない
残念ですが、休日の寝だめでは睡眠負債を解消できません。効果を感じたとしてもそれは一時的なもので、蓄積された「眠りの借金」を寝だめだけで完済するのは難しいのが実情です。
参考として、寝だめでは睡眠負債を解消できないことを証明したおもしろい実験があります。普段の睡眠時間が平均7.5時間の健康な大人10人に、毎日14時間ベッドに入って好きなだけ寝てもらうという実験を行いました。結果は以下の通りです。
- 【被験者に見られた変化】
- ・1日目:被験者全員13時間近く眠った。
- ・2日目:1日目と変わらず、みな13時間近く眠った。
- ・3日目以降:徐々に睡眠時間は短くなり、多く眠ることができなくなった。中には5〜6時間近く、ベッドの上で起きている被験者もいた。
- ・3週間後:被験者の睡眠時間は平均8.2時間で固定された。
実験により、被験者10人の生理的に必要な睡眠時間は平均7.5時間ではなく、平均8.2時間だったことが分かりました。その上、彼らは毎日40分の睡眠負債を長い間蓄積し続けており、正常な睡眠時間の8.2時間に回復するまでに、この実験では3週間もかかってしまったのです。
つまり、1日あたり40分の睡眠負債を返すためには、毎日14時間ベッドにいるのを3週間続けなければなりません。しかし、このような生活はあまりに非現実的で、実際にはできないでしょう。要するに、膨れ上がった睡眠負債を休日の寝だめで解消すること自体、現実的にできるはずがないのです。
睡眠預金もできない
前項で説明した実験から、人間は睡眠が不足したときに備えて睡眠を余分にとっておく、いわゆる「睡眠預金」はできないと分かります。
睡眠負債が解消されたと思われる3週間後を見ると、被験者の睡眠時間は平均8.2時間で落ち着き、それ以上増えることはありませんでした。つまり、睡眠負債がなければ、体が必要とする時間以上長く眠ることはできないことを意味します。
結果をまとめると、以下のようになります。
- ・睡眠負債は1日や2日、休日に寝だめをした程度では解消できない
- ・好きなだけ寝て良いといわれても、体が求める以上の睡眠は取れない=睡眠預金もできない
以上より、睡眠の問題を「時間」でコントロールするのは難しいということになります。
体内時計の乱れを引き起こす
寝だめが習慣化してしまうと、体内時計が乱れてしまう恐れがあります。
体内時計とは、睡眠と覚醒のリズムや、体温・血圧などの自律神経系、ホルモン分泌等をコントロールしている生体機能です。
例えば、平日は毎朝7時に起きる人が、休日は10時過ぎまで寝だめをしているとしましょう。平日と休日では、起床時間に3時間程度の差が生じています。この状態が習慣化すると、休日だけ太陽光を浴びるタイミングが遅れ、生活リズムに「時差」が生まれてしまうのです。
平日と休日における睡眠の差によって引き起こされる就寝・起床リズムのズレを、「ソーシャルジェットラグ(社会的時差ボケ)」と呼びます。
ソーシャルジェットラグの定着は、月曜日の朝に「体がだるくてしんどい」、「辛くて起きられない」と感じる「ブルーマンデー」の原因にもなります。また、日中の眠気や集中力の低下、そして不眠症や概日リズム睡眠障害にもつながる恐れがあるため、むしろ逆効果ともいえるのです。
どうしても休日に多めに寝たいときは
慌ただしい現代社会では、平日の夜ふかしや休日の寝だめを回避できないことがよくあるでしょう。どうしても休日に寝だめをしたいときに、ぜひ気をつけてほしいポイントを2つ解説します。
休日も平日と同じ時間に一旦起きる
休日は平日よりも多めに睡眠時間を確保したいときは、休日も平日と同じ起床時間に「一旦」起きましょう。
体内時計の乱れは、平日と休日における就寝・起床リズムのズレが原因で起こります。いつでも起床時間を一定にすることが、体内時計のズレを防いで睡眠の質を保つ第一歩となるため、無理矢理でもよいので、休日も一旦は起きて日光を浴び、朝食をとるなどの活動をとりましょう。
足りない分の睡眠は「昼寝」で補填します。昼寝であれば体内時計への影響も少なくて済むほか、何より昼寝を効果的に取り入れることはパフォーマンス向上にもつながります。目安としては、「15時まで」そして「2時間以内」に起きることを意識してください。
多くても寝だめはプラス1〜2時間まで
どうしても朝起きる時間を遅らせたい場合は、いつもの睡眠時間プラス1〜2時間までにとどめるようにしましょう。1〜2時間程度であれば、体内時計への影響も少なく、体内時計の乱れにつながる可能性が低いとされています。
さらに眠りたいときは、前述したように、まずは「一旦」起きて活動し、足りない分の睡眠は昼寝で補いましょう。
どうしても眠れないときは
さまざまなストレスに晒されている現代社会において、不安や悩みに振り回されず満足に睡眠をとることが難しくなっている状況です。
最後に、どうしても眠れないときの対処法を2つご紹介します。睡眠不足・睡眠負債にお悩みなら、ぜひ参考にしてみてください。
思い切って寝床から離れる
何時間ベッドで過ごしても眠れないのなら、一旦寝床から離れてみましょう。
睡眠は、メンタルの影響を非常に受けやすく、ほんの些細なきっかけから不眠に陥ってしまうことがよくあります。実際、不眠症状の裏には、何かしらの心理的な不調和が隠れていることは少なくありません。
「眠らなきゃ…眠らなきゃ…」と無理に眠ろうとすると、不安ばかりが募り、ますます眠れなくなってしまいます。以下に、眠れないときに実践してほしい行動と、スムーズに眠るための習慣づけをまとめました。「寝つきが悪くて寝るのが辛い…」と感じている人は、ぜひ試してみてください。
- ・眠くないのに寝床に入るのをやめる
- ・10分ほどしても眠くならないときは、一旦寝床・寝室から離れる
- ・夜中に目が覚めてなかなか寝つけないときも、一度寝床・寝室から離れる
- ・寝床で食事や読書、スマホ、ゲームなどはせず、「ここは寝るための場所だ」と体に覚えさせる
- ・日中の昼寝はなるべくせず、夜の決まった時間にのみ寝る
1人で悩まず医師に相談
もし、長期間不眠症状やメンタルの不調に悩まされているなら、医師に相談することも検討しましょう。
睡眠とメンタルは非常に関係が深いため、治療は慎重に行っていかなければいけません。そのため、一般の人が自己流であれこれ行うと、効果を感じないばかりか、症状を悪化させる恐れがあります。
睡眠に関する不安や悩みを解消するため、ぜひ一度、内科や精神科、心療内科などを受診して睡眠負債のことを相談してみてください。
まとめ
忙しさが増し続ける現代社会において、睡眠負債を抱えている日本人は大勢います。また、夜寝つけないと悩み、睡眠不足で体調不良を起こしている人も多いでしょう。
睡眠は人間の三大欲求のひとつであり、早急に解決することが重要です。睡眠負債が継続してしまうと身体的・精神的なリスクがあるため、不安なことがあるなら、1人で悩まずに医師に相談してみてください。
よくある質問
Q.睡眠不足や睡眠負債にはどういった影響があるの?
A.睡眠不足・睡眠負債の影響は「睡眠不足と睡眠負債の原因と日常生活への影響」で詳しく解説しています。
寝不足の状態が続いてしまうと、次のようなトラブルを引き起こすのでご注意ください。
睡眠不足の影響
・倦怠感
・ストレスの増加
・イライラや怒りっぽい など
睡眠負債の影響
・自律神経の乱れ
・睡眠障害の発症
・高血圧 など
Q.寝だめで睡眠不足や睡眠負債は解消できるの?
A.寝だめに関する情報は「休日の寝だめは効果がある?」で詳しく解説しています。
過去に行われた実験から、寝だめは効果が薄いと分かっています。睡眠不足や睡眠負債を解消したいなら、日々の睡眠時間を整えることはもちろん、リラックスできる環境づくり、適度な運動が重要です。