睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピースの効果
睡眠時無呼吸症候群には複数の治療法があり、それぞれの症状や重症度によってどの治療法を選択するかは異なってきますが、比較的軽症者に対してはマウスピース、別名スリープスプリントを用いた治療が推奨されています。
そこで気になるのは、果たしてマウスピースによる治療は本当に効果があるのかどうかだと思いますが、結論から言えば2020年の睡眠時無呼吸症候群診療ガイドラインにおいてマウスピース治療は一定の側面において効果を期待できると結論付けられています。
しかし、「一定の側面において効果を期待できる」という曖昧な記載の通り、マウスピースによる治療は万能ではなく、いくつかのデメリットや限定された適応が存在します。
そこで、マウスピースによる治療のメリットやデメリット、適応などについて詳しく解説していきます。
どんな人に向いている治療なの?
結論から言えば、睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピースの治療はすべての睡眠時無呼吸症候群患者に必ずしも推奨される治療ではありません。
そもそもマウスピース治療とは、睡眠中にマウスピースを装着して下顎を普段よりも前方に突出させることで、後方の気道を閉塞させないようにする治療法です。
睡眠時無呼吸症候群は肥満や解剖学的理由によって気道が狭く、それに加え睡眠中に舌根が気道に落ち込んでしまうことで呼吸が閉塞してしまう病気であるため、マウスピースによって気道が広がれば症状が改善する可能性があるわけです。
眠る前に装着して起床後に外すだけで治療ができ、外科的手術やCPAP療法のような仰々しさもないため、簡易的かつ気軽に治療できる点で魅力的です。
しかし、残念ながらすべての方に効果を示すかと聞かれるとそうでもなく、またすべての人に使用していい治療法でもありません。
そこで、具体的には下記のような方には不向きな治療法と言われています。
睡眠時無呼吸症候群の重症度が「重症」な方
睡眠時無呼吸症候群に対する精密検査であるPSGで、睡眠時無呼吸症候群の重症度を示す指数であるAHI(Apnea Hypopnea Index)が20以上の中等症から重症の患者さんに対してはあまり推奨される治療法ではありません。
重症とされる患者さんに対して治療の第一洗濯はCPAP療法であり、マウスピース治療だけでは効果が不十分であると考えられているからです。
しかし、絶対的な禁忌肢ではないため、なんらかの理由でCPAPが装着困難な患者さんに対してはマウスピース治療が選択されることもあります。
年齢が中学生以下
睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピース治療は原則高校生以上が適応となります。
子供の口腔内の筋肉や骨はまだ発達途中であるため、マウスピースの装着によって成長に問題が生じる可能性があり推奨されていません。
自分の歯が20本未満しかない
マウスピースは自前の歯に固定して使用する必要があるため、しっかりと固定できる歯が少なくとも20本以上は必要になります。
また、20本の中に歯周病や虫歯で不安定な歯がある場合も推奨されていません。
顎関節や鼻に疾患がある
顎関節に異常がある場合は装着のフィットに問題が生じ、違和感があったり痛みを感じたりすることがあります。
また、鼻に疾患があり上手く鼻呼吸できない方はマウスピース装着によっても改善されない可能性があるため推奨されていません。
以上のことからも、マウスピース使用に際しては顎関節や鼻に疾患がないかどうかしっかりと評価する必要があるため、治療開始前に耳鼻咽頭科で十分な評価を行う必要があります。
心身症に罹患している
心身症をお持ちの場合、装着に伴う精神的ストレスが身体症状として出現する可能性があるため推奨されていません。
以上のことからも、心身症に罹患している方は治療前に神経内科や精神科で十分な評価を行う必要があります。
マウスピースの効果やメリットは?
実際にマウスピースの治療が適応になった場合、どれほどの効果やメリットが得られるのか気になりますよね。
結論から言えば、軽症〜中等症の睡眠時無呼吸症候群患者においては、マウスピースによる治療は一定の側面で効果を示すとされています。
睡眠時無呼吸症候群の場合、治療効果をどういった指標で評価するかにもよりますが。過去の研究を紐解くと主に患者QOLや血圧、心血管系イベント、AHIなどが評価基準とされています。
具体的に言えば、患者QOLとは生活の質のことであり、身体的もしくは精神的な健やかさがどれだけ改善したかを表していて、日本で行われた研究によるとマウスピースでも一定の改善効果を示しています。
また、睡眠時無呼吸症候群の合併症である高血圧や心血管系イベントの発症率も改善する可能性が示唆されています。
さらに、マウスピース装着によってAHIが平均85%程度減少したとも報告されています。
また、1995年から2006年までの世界中の論文141本をメタ分析した研究では、軽度から重症の睡眠時無呼吸症の平均52%にマウスピース治療の有効性が認められたとされています。
また、CPAP療法や外科的手術と比べて侵襲度も少なく、気軽に治療できる点もメリットとして挙げられます。
これらの結果から分かる通り、適応がある場合は検討すべき治療法であることが分かります。
しかし、どんな素晴らしい治療にも副作用があります。
副作用を知らずに治療を行うのは不安も大きいと思いますので、次にマウスピース治療による副作用やデメリットについて解説します。
マウスピースのデメリットは?
マウスピースによる治療には、前述したような適応外になるケース以外にもいくつかのデメリットが存在します。
そこで、短期的なデメリットと長期的なデメリットに分けて解説します。
短期的なデメリットは?
短期的なデメリットは下記の通りです。
- 1 唾液の分泌過多、もしくは分泌過少
- 2 歯や歯肉の疼痛や違和感
- 3 起床時の咬合異常
- 4 顎関節の違和感
睡眠中仰向けになると2-3mmほど舌が後方に落ち込んでしまうため、マウスピース装着で症状を改善させるためには下顎を10mmほど前方に移動させる必要があります。
しかし、その結果顎関節に負担がかかるため、顎関節の違和感や歯の違和感、起床時の咬合異常をきたす可能性があります。
しかし、実際にはこれらのデメリットは短期的かつ一時的なものであるため、時間の経過とともに消失していくことがほとんどです。
長期的なデメリットは?
長期的なデメリットは下記の通りです。
- 1 歯の移動
- 2 咬合異常
マウスピースによって下顎が前方へ移動し、長期的な使用によって徐々に上下の歯の噛み合わせに不具合が生じるようになり、最終的には不可逆的な変化となってしまいます。
またこの変化は、自分のみならず他人が見ても分かるような変化にまで至ることもあります。
それ以外に、保険診療で作成しない場合は費用が高額になるというデメリットもあります。
これらのデメリットを踏まえた上でも治療そのものには十分メリットがあるため、治療を行うかどうか、もしくは治療を継続するか中止するかの判断は、専門の医療機関とよく相談することをお勧めします。
マウスピース作製の実際の流れ
ここまでマウスピース治療の実際の効果や適応、メリットやデメリットについて解説してきましたが、実際に治療を行うとなった際にはどのような流れで治療を行うのか気になる人も少なくないと思います。
結論から言えば、医療機関で睡眠時無呼吸症候群と診断された後、専門の歯科医院で検査や型取りを行い自分専用のマウスピースを作製していくことになります。
それぞれの歯並びや顎の形状にフィットしたマウスピースを作る上でも、マウスピース治療の適応があるのかどうか判断する上でも、専門の歯科医院で精査する必要があるのです。
具体的には、歯科検査、型の作製、マウスピースの装着、メンテナンスの4行程を踏む必要あります。
それでは、それぞれについて詳しく解説していきます。
歯科検査
耳鼻科や呼吸器内科などの専門の医療機関で睡眠時無呼吸症候群と診断され、その医療機関から情報診療提供書やマウスピース作製依頼書が発行されれば、保健適応での歯科受診が可能になります。
歯科を受診して最初に行うべきは、歯科検査です。
歯科検査の主な目的は、睡眠時無呼吸症候群の治療としてマウスピース治療を行う上で医学的な適応があるかどうかを評価することです。
具体的には、問診や視診を行い顎や鼻、歯の状態をチェックしてマウスピース装着の禁忌になるような異常がないかをチェックします。
次に、口腔内検査や口腔内レントゲンを行い虫歯の有無、動揺歯の有無、歯周病の有無など歯の健康状態をチェックします。
これは、マウスピースを歯に固定する上で、歯が健康でないとうまく固定できなくなるからです。
これらの検査によって、本当にマウスピースを装着しても問題ないかどうかを歯科的に評価するわけです。
歯科検査で特記すべき異常がなければ、次に型取りを行います。
型の作製
型の作製には、主に歯の型を取る印象採得と上下の顎の噛み合わせの型を取る咬合採得の2つの型取りがあります。
これによって、患者さんの個々の歯列や顎関節にフィットしたマウスピースを作ることができるようになります。
医療機関によっても異なりますが、型の作製までを初回の受診で行うのが一般的です。
マウスピースの装着
型から実際にマウスピースが完成した後は、試し付けを行います。
これは、マウスピースを実際に装着してみて、フィット感や安定性、歯や歯肉に痛みが出るかどうかの確認を行うためです。
試し付けで特に問題なければ下顎部分を前方に突き出した状態で仮固定し、1週間ほど試用運転して症状や副作用の経過を観察します。
メンテナンス
約1週間の試用運転を経て特に問題なければ最終固定を行いオーダーメイドのマウスピースが完成します。
もし違和感や痛みがある場合は再度下顎部分の位置を調整します。
マウスピースは熱に弱いため取り扱いに問題があると変形し、汚れが原因で虫歯や歯周病の原因にもなりうるため、完成後も定期的な歯科受診をお勧めします。
睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピースの費用
どんな治療であれ効果や副作用と同じくらい気になるのは、どれほどの治療費がかかるかという点です。
睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピースの治療費は、保険診療で行うかどうかによっても大きく異なります。
つまり、実際に支払う医療費を概算する上では、保険診療の適応の有無を知っておく必要があるのです。
そこで、睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピースの治療費について、保険適応も含めて詳しく解説していきます。
保険適応の有無は?
結論から言えば、歯科医院でマウスピースの作製を保険診療で行うには、前段階として耳鼻科や呼吸器内科などの医療機関で睡眠時無呼吸症候群の診断を受けている必要があります。
医療機関における睡眠時無呼吸症候群の診断には、一泊入院して睡眠中の呼吸状態をモニタリングするPSGという検査を受ける必要があります。
PSGでは睡眠中の低呼吸や無呼吸の回数を測定し、1時間あたりの低呼吸と無呼吸の合計回数であるAHIを算出します。
AHIが5以上、かついびきや眠気などの症状がある場合は睡眠時無呼吸症候群と診断され保険適応となります。
医療機関から発行された情報診療提供書とマウスピース作製依頼書を確認してはじめて、歯科医院での保険診療を受けることが可能となります。
実際の治療費は?
では、実際の治療費はどの程度かかるのでしょうか?
結論から言えば、全体を通して保険診療(自己負担3割)で行った場合4-5万円ほどかかると思います。
保険診療で3割負担の場合の内訳ですが、医療機関での睡眠時無呼吸症候群の診断のために行う問診や初診料で5,000円ほどかかるようです。
また診断のためのPSGは検査代だけでも5,000円ほどかかり、それとは別に1泊入院が必要であるため入院費用が医療機関毎に設定されていて、合計で15,000-20,000円ほどかかるようです。
歯科医院でも診察代や検査費用、マウスピースの作製費用などを含めると15,000-20,000円ほどかかるようです。
以上から、診断までに25,000-30,000円ほど、マウスピース作製に15,000-20,000円ほどかかることになります。
もちろん医療機関によって金額は異なり、特に自費でのマウスピース代は歯科医院によっても大きな差があるため、実際に受診する際には医療機関に事前に確認することをお勧めします。
まとめ
今回の記事では睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピースの効果について詳しく解説しました。
マウスピースによる治療は軽症から中等症の睡眠時無呼吸症候群には一定の効果が期待でき、睡眠の質や血圧などの側面で有効だと考えられています。
その反面、口腔内や顎関節などに異常がある方は治療の適応にはならず、長期的には歯の位置がずれてしまうため、治療の選択には慎重な判断が必要となります。
マウスピース作製までの流れや治療費についても解説したため、記事の内容を皆さんの治療の参考にして頂ければ幸いです。
睡眠時無呼吸症候群の他の対策についてはコチラのコラムでも解説しているので、ぜひ参考にしてみてください。
よくある質問
Q.睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピースは本当に効果があるの?
A.マウスピースの装着によって睡眠中の下顎を前方に突出させることができるため、気道の閉塞を防ぐことができます。
実際の効果としては、軽症〜中等症の睡眠時無呼吸症候群においては症状の改善や合併症の軽減などが報告されていますが、 重症患者ではあまり効果が期待できないとされています。
睡眠時無呼吸症候群についてはコチラのコラムでも解説しています!
【睡眠時無呼吸症候群とは?】原因や睡眠への影響について解説
Q.睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピース治療のデメリットは?
A.睡眠時無呼吸症候群に対するマウスピース治療の代表的なデメリットは、唾液の分泌過多、もしくは分泌過少、歯や歯肉の疼痛や違和感、起床時の咬合異常、顎関節の違和感などが挙げられます。
また長期的には上下の歯の噛み合わせに不具合が生じるとされているため、装着には慎重な判断が必要となります。