そもそも記憶って何?
そもそも、私たちが「記憶」と呼んでいるものは、どうやって脳に定着するのでしょうか?まずは、記憶とはどのようなものなのか、基本情報を解説していきましょう。
記憶とは
「記憶」とは、新しい情報が脳内に保存され、その経験を思い出したり、行動に移したりできることを言います。
一言に「記憶」といってもさまざまな種類があり、保存期間によって大きく次の2つに分けられます。
- 1.短期記憶
- 2.長期記憶
短期記憶
短期記憶には、主にワーキングメモリなどの作業記憶が含まれます。この記憶の特徴は、情報を一時的に保存し、意識的に操作できることです。
例えば、とあるサービスにログインする際に、本人確認のために「2XXX」などのワンタイムパスワードが送られてきますよね。しかし、それをいつまでも覚えている人はいないでしょう。ひとまず記憶し、ログインできたらすぐに忘れてしまいます。これが、短期記憶です。
他にも、自分の生活に影響のない電話番号や住所、1週間前の夕食のメニューなども短期記憶に含まれます。
長期記憶
長期記憶は、短期記憶を何度も頭の中で繰り返す、もしくは強烈な出来事によって脳に長期間保持される記憶です。
この長期記憶はさらに、言語やイメージとして思い出せる「陳述記憶」と、意識しなくても思い出せる「非陳述記憶」に分けられます。
陳述記憶には、主に言葉の意味や数式といった学習して得た知識(記憶)を指す「意味記憶」と、「いつ、どこで、何をした」という個人的な体験や出来事(思い出)の「エピソード記憶」が含まれます。これらはいわゆる、「頭で覚える記憶」です。
対して、非陳述記憶には動作や行為によって得た技能や、繰り返し行うことによって身についた記憶などの「手続き記憶」が含まれます。これらは頭ではなく、いわば「体で覚える記憶」です。
- <手続き記憶の例>
- ・箸の持ち方
- ・自転車の乗り方
- ・楽器の弾き方
記憶が定着するメカニズム
では、記憶が脳に定着するより詳細なメカニズムについて解説していきます。
まず、記憶は脳内の「海馬(かいば)」という器官で一時保存されます。記憶の種類などにかかわらず、すべての記憶は海馬に一度入ります。
ですが、この海馬は保存できる容量がそれほど大きくありません。すべてを記憶していたらあっという間に容量オーバーになり、大事な情報を記憶できなくなります。
そのため、必要なものだけを残し、それ以外の不要な記憶は次々と消去して、新たな記憶のためのスペースを確保する必要があります。これがいわゆる「忘れる」で、短期記憶のような一時的な記憶が当てはまります。
そして、重要だと判断された記憶は、より容量の大きい「大脳新皮質(だいのうしんひしつ)」へ送られ、長期記憶として保存されます。
短期記憶から長期記憶にするには?
いつまでも単語や公式が覚えられないのは、それらが短期記憶として脳の海馬で処理されてしまっているからだと考えられます。では、どうすれば長期記憶として長い期間覚えておくことができるのでしょうか?
短期記憶から長期記憶に置き換えられる過程で、記憶は次の3つのステップを踏んでいます。
- 1.記銘:脳内の入ってきた情報を、脳内で処理できる情報へと符号化する
- 2.保持:忘れないように貯蔵する
- 3.想起:保持した記憶を再生する
大半の方は、一時的に覚えた電話番号はすぐに忘れてしまいますが、その電話番号に毎日繰り返し電話をかけていたら、いつしかメモなどを見なくても電話をかけられるようになりますよね。
このように、何度も同じ行為を繰り返すことで、次第に短期から長期記憶に置き換えられ、長い間覚えておくことができるのです。
記憶の定着と睡眠の関係性
先ほどお伝えしたメカニズムで、私たちは記憶を脳へと定着させ、必要に応じて思い出したり、行動に移したりできます。では、この「記憶は海馬に一時保存され、必要に応じて大脳新皮質に送られる」という一連の工程は、いつ行っているのでしょうか?実は、私たちが寝ている間に行われています。
記憶の定着は寝ている間に行われる
私たちの睡眠には、深い睡眠のノンレム睡眠と、浅い睡眠のレム睡眠の2段階があります。これらを約90分(明け方近くになると20分前後)交代で4〜5回繰り返し、朝に覚醒を迎えますが、実はこの時間はただ体を休めているだけではなく、記憶の整理と定着を行っているのです。
まず、眠り始めの一番深いノンレム睡眠では、海馬から大脳新皮質へ情報伝達が行われます。つまり、海馬において記憶を整理した上で、残す記憶を大脳新皮質に送り、長期記憶として定着させます。
そして、自転車の乗り方やスポーツで習得した体の動かし方などの手続き記憶は、明け方の比較的浅いノンレム睡眠時に定着すると言われています。
一方、浅い睡眠のレム睡眠中は、いつどこで何をしたかのエピソード記憶の定着が行われ、かつての記憶と関連づけたり、いつでもスムーズに記憶を引き出せるように紐づけたりなど整理が行われていると考えられています。
その他にも、睡眠中の記憶の定着にはまだまだ未知の部分が多いため、現在さまざまな研究がされています。どの段階においても、記憶の整理、そして定着が行われているため、睡眠は欠かせないものなのです。
睡眠は「忘れる」ためにも欠かせない
記憶というと、新たな情報を記録するインプットばかりに目がいきがちですが、記憶においては「忘れる」ことも非常に重要です。
例えば、大きなミスをしたときや、手痛い失敗をしたときなどは、気分がガクッと落ち込みますよね。もし、このようなイヤな記憶をずっと忘れられないと、どうなるでしょうか?ネガティブな感情に囚われて、新たな一歩を踏み出せなくなります。
そこで活躍するのが、「忘れる」です。
先ほど、「海馬は記憶を整理し、必要なものだけを残す」と説明しましたが、実は不要なものを消去することも大変重要です。辛い・苦しい・悲しいなどのネガティブな記憶は、いつまでも覚えているとそれだけで頭がいっぱいになり、日常生活に支障をきたします。そのため、「適度に忘れる」というのも、記憶においては大切なことなのです。
もちろん、強烈な出来事やエピソードによって、いつまでも忘れられないこともあります。ですが、大抵の場合はイヤなことがあったとしても、その経験の詳細まで記憶していることはほとんどないでしょう。いつの間にか忘れて、過去のものになっている場合が多いですよね。
このように、イヤな記憶を忘れるためにも、睡眠は欠かせないものなのです。
徹夜で勉強は最悪の学習法
記憶は上記のようなメカニズムによって、必要なものの保存、不要なものの消去が行われています。そして、よくやってしまいがちな「徹夜で勉強」は、記憶にとって最悪な勉強法と言えます。
徹夜で暗記しても記憶には定着しない
睡眠が十分に取れない状態だと、記憶はどうなるでしょうか?
おそらく、海馬から大脳新皮質への記憶の整理が上手くいかず、せっかく徹夜で暗記した英単語や公式も、短期記憶として処理されてしまうでしょう。
勉強だけでなく、スポーツで習得した体の動かし方や、楽器を演奏するときの指づかいのような手続き記憶も、なかなか定着しないと考えられます。エピソード記憶も同じく、「あれってどうだったっけ?」と上手く思い出せなくなるかもしれません。
睡眠障害を引き起こす危険も
夜遅くまでの勉強を習慣化してしまうと、最悪の場合睡眠障害に発展する可能性があります。
まずあげられるのが、不眠症です。不眠症は、睡眠障害の中で最も患者数が多く、現在約5人に1人が悩んでいると言われています。
主な症状は、寝つきが悪い、夜中に何度も目を覚ます、熟睡した感じがないなどで、慢性化すると日中の激しい眠気や注意力の散漫、慢性疲労などさまざまな体調不良を引き起こします。
さらに、夜中に起きて明け方に眠るという昼夜逆転生活を続けていると、概日リズム睡眠障害を発症するかもしれません。
概日リズム睡眠障害とは、体内時計が乱れることで、地球の昼夜サイクルとは異なるタイミングで睡眠や覚醒をするようになる疾患です。
発症すると、夜になってもなかなか寝つくことができず、その反動で昼間に耐え難い眠気に襲われます。その結果、社会の生活リズムと合わなくなり、日常生活に著しい支障をきたします。
このように、徹夜で勉強は記憶の定着を阻害するだけでなく、睡眠障害を発症して健康を脅かす危険もあるのです。そのため、高得点を取りたい試験の前やスポーツの技能を高めたいときほど、しっかりと睡眠を取る必要があります。
寝る30分前は暗記を中心に
ですが、大事な試験の前などは、不安からつい夜遅くまで勉強してしまうこともあるでしょう。そんなときは、寝る30分前は暗記に集中するのが効果的です。
例えば、英単語や数学の公式、歴史の年表など、「これだけは絶対に覚えるぞ!」と思うものに特化して暗記を行います。
こうすることで、睡眠中に記憶の定着が行われ、テスト本番に思い出せる可能性が高くなります。そのためにも、寝る前の暗記用に覚えるものを厳選して、ノートなどにまとめておくと良いかもしれません。
記憶力を高める睡眠法
最後に、記憶力を高める睡眠法についてわかりやすく解説していきます。
入浴はぬるめの温度で
寝る90分前には入浴を済ませるようにしましょう。このときのポイントは、シャワーで済ませるのではなくしっかりと湯船に浸かることです。
私たちの体は、入浴によって体温を一度しっかり上昇させることで、眠りにつきやすくなる性質があります。そのため、しっかりと眠りたい日ほど、シャワーではなくちゃんと湯船に浸かって体温を上げることが大切です。
お湯の温度は40℃前後のぬるめの設定にし、時間は10〜15分程度が目安です。お気に入りの入浴剤やバスソルトなどを使うとより睡眠の質も向上し、記憶力アップが期待できます。
睡眠前のスマホは厳禁
記憶力を高める睡眠にとって、寝る直前までのスマホはNGです。
スマホなどのデバイスの画面から発せられるブルーライトは、覚醒を促し、寝つきを悪くする働きがあります。
一般的に、寝る前のスマホは就寝の2時間前、最低でも1時間前にはやめるよう推奨されています。ゆえに「就寝の前にはスマホは触らない」や「22時までにスマホを閉じる」など、自分の中でルールを設定するようにしましょう。
寝る前の照明は暖色系をチョイス
快眠効果を高める方法として、夜の照明を暖色系にするのも効果的です。
先ほど、スマホなどのデバイスが発するブルーライトについて言及しましたが、私たちが普段使用しているLEDライトにもブルーライトが含まれています。
寝る前はなるべくLEDライトではなく、暖色系の赤みがかった色味のものをチョイスすると良いでしょう。暖色系の明かりであれば、覚醒を促す働きを少なくすることができます。
また、家具の後ろや足元から優しく照らす間接照明を活用するのもおすすめです。ぼんやりと照らすことで目にも優しく、リラックス効果が見込めます。
短時間睡眠はNG
記憶力を高める上で、短時間睡眠は絶対にNGです。
よく巷では、「短時間睡眠でも頭がスッキリ」や「5時間で快眠」と謳った書籍やサイトがしばしば話題になりますが、4〜5時間の短時間睡眠では十分な睡眠とは言えません。
確かに、世の中には4時間程度の短時間睡眠でも健康に一切影響を及ぼさない「ショートスリーパー」と呼ばれる人たちがいます。そして、このような性質を持った人には有名人や著名人が多いため、「自分もこんなふうになりたい」と憧れを持つ人もいるでしょう。
しかし、最近の研究ではこのようなショートスリーパーはごく稀に見られる遺伝子の突然変異によるものだと明らかになっています。そのため、多くの人にとって睡眠時間は8時間、少なくとも6時間は必要です。
もし、最近寝不足だと自覚がある場合は、普段の睡眠時間がちゃんと足りているか見直してみましょう。
まとめ
今回は、記憶の定着と睡眠の関係性、そして記憶力を上げる睡眠法について解説しました。
私たちの脳は、睡眠中に記憶の整理と定着を行っています。そのため、大事な試験前夜やスポーツや音楽の技術を習得したいときほど、しっかりと睡眠を取ることが大切です。
テストの点数を上げたい受験生や、仕事を覚えたい社会人はぜひこの記事を参考にして、自分の睡眠習慣を見直してみてください。
A.私たちの脳は、寝ている間に記憶の整理・定着を行っています。ゆえに、睡眠をしっかり取らないと記憶の定着が正しく行われず、覚えたい英単語や公式があってもなかなか覚えるのが難しくなります。
A.いいえ、徹夜で勉強するのは、暗記にとっては最悪の勉強法です。大事な試験前ほど徹夜は控え、十分な睡眠を取りましょう。記憶を定着させ、試験本番で思い出しやすくなることにつながります。
よくある質問
Q.睡眠と記憶にはどのような関係がありますか?
Q.徹夜で勉強するのは暗記に効果的ですか?